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三浦春馬の生い立ちに涙…父親・母親との親子関係や両親の現在は?

今回、また春馬さんについての記事を書かせてもらうことになったのは…

わたしの頭に"春馬さんの想いが浮かんだ"からです。

春馬さんがいなくなったあと…家族やファンが悲しむ中、ありもしないワードが飛び交っています…

春馬さんが悲しんでいる…

その辛さや悲しみが心に伝わってきて…またいてもたってもいられない感覚に襲われました。

今回のブログでは、わたしの心に届いた想いをそのまま形にしたいと思い…

三浦春馬の生い立ちに涙…父親・母親との親子関係や両親の現在は?

という内容でお伝えいたします。

ただ…ひとつ注意していただきたいのが…

心から春馬さんのことを愛している…想っている人だけに伝えているので、その方だけお読みください。

三浦春馬の生い立ちは?

三浦春馬さんは、4歳の頃から芸能事務所に所属し、子役として活躍されていたそうです。

ほんとスゴイ方ですよね!

では、そんな春馬さんの生い立ちについて、振り返りたいと思います。

三浦春馬の生まれ育ったところは?

春馬さんは茨城県つくば市で生まれ、1992年(小学2年生)に、土浦市に転居され、子ども時代は茨城県土浦市で育っています。

更に詳しく調べると…

春馬さんは、土浦市内の公立校の真鍋小学校に通われていたことから…

春馬さんの実家は土浦市真鍋が濃厚だと考えられます!

三浦春馬の名前の由来は?

三浦春馬さんという名前は本名で、「三浦」は実の父の名字だそうです。

「春馬」という名は、春馬さんのお父さんの親族の女性がつけたそうです。

由来ですが、春馬さんは1990年4月5日春生まれで、午年ということから、"草原を馬が力強く駆けていくような子になって欲しい"という思いでつけられたそうです。

ステキな想いが込められているんですね!!

三浦春馬はどんな子どもだった?

アクターズスタジオの加藤さんは、小さい頃の春馬さんをよく知っているそうです。

加藤さんのインタビューの一部を引用させて頂きますね!

春馬がお母さんに連れられてつくばアクターズスタジオを訪れたのは5歳になる頃だったと思います。笑顔が可愛くて、ちょっとおませでやんちゃな男の子でした。

学校が終わるとやってきて、歌ったり踊ったり、そこにいるのが楽しかったようです。うちに帰っても一人だったようで、スタジオに結構長くいましたね。

一時期サッカーに熱中した時期があって、その頃は週1回くらいでしたが、それ以外は学校が終わるとほぼ毎日、アクターズスタジオに来ていました。

ある時私に「僕は芝居がやりたいんだ」と言ってきたのです。

私はその時、「やりたいことをやればいい。でも歌や踊りも俳優をやるためにも役に立つんだよ」と言ったのを覚えています。

引用元:Y!ニュース

春馬さんは活発な少年だったようですね!

ただ、家にひとりでいることが多かったようで、寂しい思いをしていたのかな…と思うと切ない気持ちになります。

三浦春馬の学歴は?

春馬さんは土浦市立土浦第二中学校に進学し、中二の頃からサッカー部に所属されていたそうです。

春馬さんは人気ユニット『ゆず』が大好きで、ギターを始め、よく聴いていたようです!

三浦さんは中学時代を振り返り、「夜中に友達と学校のプールで泳いだりして悪ガキだった」と話していました。

楽しい中学校生活を送られていたみたいですね!

高校は、芸能人が御用達で知られる堀越高等学校に入学し、お母さんの反対を押し切って寮に入られたそうです。

高校時代は、連続ドラマや映画などで多忙のため、体育祭や文化祭などの学校行事には、一度も参加できなかったそうですよ…

高校卒業後は、大学に進学せずに芸能活動に専念されています。

三浦春馬は父親・母親との親子関係はどうだった?

春馬さんの家族構成は、父親・母親・本人の3人家族です。

ご両親はスナックを経営されていたそうで、春馬さんは夜はいつもひとりだったそうです…

そして、両親は春馬さんが小学校の低学年の時に離婚されています。

もしかしたら…小学2年生の時に茨城県つくば市から土浦市に転居されたのは、離婚の関係かもしれませんね。

三浦春馬と父親の関係は?

離婚後、理由はわかっていませんが…

長い間、春馬さんとお父さんは会えずにいたそうです。

ですが、お父さんは春馬さんの出演される作品は録画し、大切に保管されていたそうです。

このことから、息子を愛しているのが伝わってきますよね…

2017年にふたりは20年ぶりの再開を果たします!

というのも、お父さんが心臓を悪くして大きな手術をうけることになったからだそうです。

お父さんとは絶縁状態だったと報道されていますが、実際のところは時々連絡を取り合っていたそうです。

春馬さんは人づてにお父さんが大きな心臓の手術をすることを聞き、お父さんのいる病院にお見舞いに行かれています。

その当時、春馬さんはロンドンに留学中だったそうですが、切り上げて入院先の病院に向かわれたそうです。

春馬さんと会えたことで、お父さんの手術も無事に成功。

この日を境に、春馬さんとお父さんの親子の絆が深まり、よく食事に行っていたそうです。

ただ…その後のお父さんとの関係について、噂では、“実父にお金をせびられて仲が悪くなった”などと囁かれていますが、これは全くの嘘だといえます。

というのも、お父さんは手術の後も医師に「余命宣告」をされていたそうですし、周りの知人にも「いつ死ぬかわからない」としゅっちゅう話されていたそうなので、命が短いと分かっていて、春馬さんのお金を当てにするはずがないということが分かります!

ですので、ふたりの親子関係は、決して悪くなかったと思われます。

三浦春馬と母親との関係は?

春馬さんのお母さんは真弓さんという方で、離婚してからは春馬さんをひとりで育てていくために、茨城県内の風俗店で働いていたこともあるとの噂です。

4歳という幼い子どもが芸能界に入ることとなったきっかけは、お母さんだそうですが…

お母さんの話では、春馬さんを芸能界に入れたいというよりも、仕事で家を空けるため、一人で留守番をさせることを可哀想に思い…"友達ができればいいなあ"という思いからアクターズスクールに連れて行ったようです。

中学生の頃にお母さんが再婚されたそうなんですが、それまでの間は母子家庭で育っていたようです。

お母さんの再婚相手は、お母さんが客として訪れていた5歳年下のホストクラブのオーナー男性だそうです。

再婚後は、お母さんと継父と祖母(お母さんの母)の4人で暮らすようになったようです。

春馬さんが中学時代に「悪ガキだった」というのは、家庭環境が変わったことも関係しているかもしれませんね!

高校では寮に入り、卒業後は1人暮らしをされているようなので、距離を保ちながらもお母さんとの関係は良好だったようですが、2017年から何が原因かは真実は分かりませんが、絶縁されたそうです。

その理由について、お母さんの証言を引用させていただきます。

「春馬とお金で揉めたということはなかったけど、6年前に私が再婚相手と離婚した際にトラブルがあった。継父が、自分の家の名義を春馬に変えて贈与しようとして揉めたのね。そんなの貰っても税金はかかるし春馬は困るじゃない。それで春馬は継父と仲が悪くなって養子縁組を解消してしまったの。そういった様子をみて、私や継父とかかわると悪影響が及ぶと事務所が判断して、遠ざけられたんだと思う。春馬は精神的に不安定で体調も悪いし、継父とも揉めて、しんどくても仕事を入れてくる所属事務所の思惑もあったしで、本当にゴチャゴチャしていたのよ」

引用元:livedoor NEWS

お母さんの話から「春馬は精神的に不安定で体調も悪い」とあるように、かなり前から不安定な状態でムリをしていたようです。

誰にも相談できず…どれほど辛い夜を過ごされてきたのか…考えるだけで涙が溢れます…

三浦春馬の父親・母親の現在は?

遺産問題などが噂されていますが…

残された春馬さんのご両親は、現在どのような毎日を送られているのでしょうか…

三浦春馬の父親の現在は?

2021年1月、三浦春馬さんのお父さんが急死していることが明かされました…。

1月15日にいきつけの飲食店で午前3時頃「気分が悪くなった」と言い帰宅したそうですが、その後すぐに亡くなったそうです。

先ほどもお伝えしたとおり…お父さんは心臓の手術をしており、ペースメーカーを入れていたそうで、余命宣告も受けていました。

それが関係しているかもしれないとのことです。

春馬さんの旅立ちで…お父さんは生きる希望を無くしていたそうで、持病が悪化したのかもしれません…

お父さんは生前、このように女性自身の取材でおっしゃられています。

 

「……春馬との関係はよかったと思っています。“20年ぶりに再会した”と、報じられていますが、彼が芸能界デビューした後は、ときどき連絡はもらっていました。春馬の活躍ぶりはずっと楽しみでしたし、私の生きがいでもありました。実際に会うようになったのは2~3年前ですね。私が入院したときにお見舞いに来てくれて……。

手術がうまくいって元気になった後には、いっしょに食事をしたり、酒も飲んだりするようになりました。春馬もけっこう酒量は多かったですが、そんなに酔っ払うタイプではないし、飲んだ後は、きちんと電車で東京に帰っていきましたよ。

ふだんはLINEとかで連絡を取り合っていて、実は亡くなる2週間前にもメッセージをやりとりしていました。近いうちにこちら(茨城県)に来るから、と言っていたのに……。それが最後のやりとりになってしまいました」

引用元;女性自身

きっと…お父さんと春馬さんは向こうで再会して、美味しいお酒を飲んでいるだろうな…

そう信じたいですね…

三浦春馬の母親の現在は?

お母さんは春馬さんを無くした数ヶ月後、行方不明と報道されていましたが、『週刊文春』12月31日号に、お母さんが突然登場され、インタビューに応えられた記事が掲載されています。

livedoor NEWSで、お母さんが思いを語られている文章を見つけたので、引用させていただいてお伝えいたします。

「春馬が亡くなった一番の原因は、私がそばについていられなかったこと。そこがもう、凄く後悔しています。たとえ何があったって、私が命をかけて守れなかったことは確か。そこはすごく悔しい。春馬が精神的に不安定になる前まで、私は週の前半は地元の茨城で保育士の仕事をこなし、残りの半分は春馬のいる東京のマンションへ行っていた。お掃除をしたり、洗濯したり、ご飯を作ってあげたりね。春馬は私がいなきゃ生きていけない。私も春馬がいないと生きていけない。そういう関係性だったの」

「繰り返すけどね、私と春馬の間にはなんの問題もなかったの。でも周りの大人たちが囲って、囲って、囲ってしまい……。それを事務所にもどれだけ訴えたか。なんで囲われたかって、それは仕事に励んでほしいからでしょ。そういうふうに彼らはしたの。春馬も本当は私に会いたいけど、会いたいって言えなかった。連絡を取りたかったけど取れなかった。それを言ったらまた周りに騒がれるから。彼には意地もあったでしょうし。私も春馬の舞台のチケットを買って観に行ったりもしたけれど、楽屋に行くだけの踏ん切りがつかなかった。今となっては後悔しているの。私は春馬から連絡が来るのを待っていた。いつかは分かってもらえる時が来るだろうと思って、待っていた。それがこういう形になって……。最期の顔を見ることはできました。それは春馬の調子が悪くなる前の穏やかな顔、優しい顔のままでした」

 無言の帰宅をした息子の遺骨とひとつ屋根の下、実母は自問自答を繰り返す日々を送っている。

引用元:livedoor NEWS

最愛の息子を無くし…当たりどころのない胸の思いを所属事務所にぶつけるしかなくて、このような言葉になっていますが…

きっと、この文面の中にある…「たとえ何があったって、私が命をかけて守れなかったことは確か。そこはすごく悔しい。」と毎日…自分を1番に責められていることでしょう。

お母さんはいま…茨城県内の小さな町のスナックやコンビニが連なる飲み屋街の一角でひっそりと暮らしているそうです。

春馬さんが旅立たれてから…

春馬さんの”遺書”などと言って、春馬さんのメモ書きや日記などの文章を勝手な解釈をした情報や…

春馬さんの周りの親族や事務所について、真実とはかけ離れた悲しい情報が飛び交っています。

わたしは強く思います…

春馬さんは自分の思いを…他人に無断で掘り起こしてなんか欲しくない…

そう伝えたいのではないかと…

春馬さんからのメッセージにぜひ…耳を傾けてほしい…

まとめ

今回のブログでは、

三浦春馬の生い立ちに涙…父親・母親との親子関係や現在の状態は?

という内容でお伝えいたしました。

今回、このような内容の記事を書かせて頂き、わたしが最後に伝えたいことは"祈る"というのが大切だということです!

春馬さんのお母さん、事務所の方々、友人の方、ファンの方…

春馬さんを愛している気持ちは同じだと思います。

なので、今ここで誰が悪い!と争いをするよりも、それぞれみんなが春馬さんがいま少しでも楽に過ごせるよう…同じ気持ちで祈ること…ただそれだけだと思うのです。

春馬さんは争いや、自分の死因を見つけてほしい…なんてこれっぽっちも思っていないと思います。

ただ…穏やかに過ごしたい…

それだけだの気持ちだと思います…

ただ…わたしの尊敬する住職さんのお話しによると、自ら命を絶った方は、成仏にかなりの時間がかかると同時に、何度もその繰り返される痛みに耐えないといけないそうです。

そして…成仏するまでの何十年もの間…後悔し続けると聞きます。

「救える方法はないのでしょうか?」と、その住職さんに聞いたところ、あるともないとも言わず…ただ一言、「お経を読んであげたらえぇ」と言われました。

「お経」が亡くなった方にどう効くのかは…

わたしの勝手な解釈ですが、きっと生きている方に例えると、「お経は薬」のようなものだと感じます。

「祈ること・お経を唱えること」それが、亡くなった方を楽にする薬となると思うのです。

わたしは、三浦春馬さんのこの世で生きた勇姿を一生忘れません。

亡くなった理由よりも、春馬さんの生きた証(素晴らしい作品達)を大切に…

今日も空を見上げて祈りたいと思います。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

どうか、今日からは誰かを責めるより…春馬さんの思いを胸に…前を向いて行きましょう…